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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(行ツ)50号 判決 1973年10月11日

上告人

宇井啓介

外一三名

右一四名訴訟代理人

表久守

外二名

被上告人

三重県選挙管理委員会

右代表者

吉住慶之助

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人崎信太郎、同表久守、同石川貞行の上告理由第一点について。

選挙争訟における選挙無効の原因とは、選挙の規定に関する違反があつて、それが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることをいい、選挙の規定の違反とは、選挙の管理執行の手続に関する規定の違反をいうものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二三年(オ)第一三号同年六月二六日第二小法廷判決・民集二巻七号一五九頁、昭和四三年(行ツ)第九二号同四四年七月一五日第三小法廷判決・民集二三巻八号一五三七頁、昭和四五年(行ツ)第五六号同四六年四月一五日第一小法廷判決・民集二五巻三号二七五頁等)。ところで、公職選挙法(以下「公選法」という。)二七条一項は、市町村の選挙管理委員会に対し、選挙人名簿に登録された者が当該市町村から他市町村へ転出したことを知つた場合には、直ちに右名簿上にその旨の表示をなすべきことを義務づけている。そして、右の転出した旨の表示(以下転出表示という。)がされた場合において、転出後四か月を経過したときは、その表示をされた者(以下転出被表示者という。)を右選挙人名簿から抹消すべきものとされており(公選法二八条二号参照)、転出表示をする主たる趣旨・目的が選挙人名簿の正確性の担保と二重登録の防止にあることは疑いをいれないところであるが、その趣旨・目的は、単に右の点に尽きるものと解することはできない。すなわち、公選法上、地方公共団体の議会の議員または長の選挙においては、投票管理者をはじめとする投票事務従事者が、同法四四条一項により実施すべき選挙人名簿との対照に際し、選挙権の要件たる住所要件(同法九条二、三項参照)について一定の範囲内における実質的な審査の権能と義務とを有するものであることは、同条二項の規定からも窺われるところであるが、転出表示は、転出被表示者の住所の変更に関する事実を示すものとして、公選法の規定にしたがいなされるものであり、しかも、選挙人名簿における右の者の該当部分になされるものであることを考えると、右の住所要件の審査にあたり、最も確実かつ重要な資料を提供するものということができるのである。そうであるとすれば、市町村の議会の議員または長の選挙においては、投票事務従事者は、投票にきた者につき、選挙人名簿との対照の際、当然に転出表示の有無に注意し、転出表示がなされている場合には、住所要件を欠くものとして、その投票を拒否する義務があるものというべく、ただ、右表示が誤つていることなどを明らかにする資料の提示等があることによつて、その住所要件の存在を確認しうるというような特別の事情がある場合にのみ、その投票を許すことができるものと解するのが相当であり、したがつて、右の義務を懈怠して、上述のごとき特別の事情がないにもかかわらず、転出被表示者に対し投票を許すことは、選挙の管理執行の手続に関する規定に違反するものといわなければならない。

これを本件についてみるに、原審の確定するところによると、本件選挙において、各投票所の投票事務従事者は、一投票所の例を除き、選挙人名簿(抄本)上にされた転出表示には全く顧慮することなく、そのため投票にきた転出被表示者に対して住所要件につき確認せずに漫然と投票を許し、また、右の一投票所においても、転出被表示者につき住所要件の存在に疑問をもつた程度で、結局は右同様に漫然と投票を許した、というのであり、しかも、投票事務従事者において、右転出被表示者につき、その住所要件の存在を確認しうる特別の事情のあつたことは、原審の認定しないところであるから、本件選挙には、選挙の管理執行の手続に関する規定の違反があつたものと解さざるをえない。しかして、右違反により、住所要件を欠く一二名に投票を許して一二票の無効投票を招くに至つたこと、本件選挙における最下位当選者と最高位落選者との得票差が九票であることは、原審の確定するところであるから、右違反が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることは明らかである。

以上によると、本件選挙を無効であるとした原審の判断は、投票所入場券を転出被表示者に交付した点が選挙の管理執行の手続に関する規定の違反にあたらないとする所論の当否につき論ずるまでもなく、相当である。

なお、所論は、公選法二〇九条の二を援用して本件選挙を無効とすべきではないというが、同条は、当選争訟に関する規定であつて、選挙の管理執行の手続に関する規定の違反がない場合の投票にのみ適用さるべきものであり、選挙争訟である本件には適用がないから、右所論は失当である。また、所論引用の各最高裁判所判決は、本件と事案を異にするものか、または、以上の判示に牴触しないものであつて、原判決を非難するものとしては、いずれも適切でない。

論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つか、または、原審の認定に沿わない事実を前提として、原判決を非難するものであつて、いずれも採用することができない。

同第二点について。

選挙の管理執行の手続に関する規定の違反があるときは、それが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるかぎり、当該選挙が無効とされることは、第一点について述べたとおりであり、このことは、右違反の影響をうけた投票の多寡にかかわるものではない。そして、ひろく一般的に選挙の人的一部無効を認める見解が実定法上の根拠を欠くものであることは所論のとおりであるが、そのことから、右判断を左右することはできない。

論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張するにすぎず、採用することができない、

同第三点について。

所論一および二の(1)の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、その過程にも右所論の違法はない。そして、原審の確定する事実関係のもとでは、原判示の一二名(原判決二三丁裏、二四丁表参照)につき選挙当時御浜町に住所がなかつたとした原審の判断は、是認することができ、右判断に至る過程が示されていないからといつて、原判決に理由不備、理由そごの違法があるとはいえない。また、所論二の(2)指摘の原判示は、本件の結論を出すにあたつて必ずしも必要なものではないから、その措辞に適切を欠くところがないではないが、それを根拠にして原判決を非難する右所論は、失当である。

論旨は、すべて採用することができない。

第四点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、その過程にも所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎず、採用することができない。

第五点について。

所論違憲の主張は、第一、二点と合わせ読むと、その実質は公選法二〇五条一項の解釈適用の誤りをいうにすぎないものと解されるところ、原判決に右違法のないことは、すでに第一、二点について述べたとおりであるから、右所論は、失当というほかない。

論旨は採用することができない。

第六点について。

原審が投票所入場券の誤配を直ちに選挙の管理執行の規定の違反にあたるとしたものとは解しがたいのみならず、右の点の当否が、本件選挙を無効であるとした原審の判断に影響のないことは、すでに第一点について述べたとおりである。また、所論二引用の各最高裁判所判決は、原判示と矛盾するものとは解しがたい。

論旨は、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫)

(大隅健一郎は海外出張中につき署名押印することができない)

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